ユウスケのエイジング日記

革ジャンやデニムのエイジング記録を中心に好きな服に関して書きます

青いデニムを持っていないのは邪道か?

僕は「デニムが好き」と自分で思っている。



でも実は、青いデニムを持っていない。



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↑左から

・ブラック(ヌーディージーンズ/グリムティム)
・グレー(デンハム/レイザー)
・ホワイト(ディーゼル/クルーリー)

お出かけに使っているデニムはこの3本だけだ。


変なことを書くが、これをデニム好きとして「邪道」と思う人はいるだろうか??




デニムに興味を持ってから、歴史とかも多少勉強したから、青いデニムにもリーバイスにも敬意はある。
新品でもヴィンテージでも、青いデニムはカッコいいと思うし、見るのは凄い好き。

でも自分が穿こうとは、あまり思わない。


高校の時くらいから、基本黒いデニムしか穿かないし、他にあっても茶色やグレーだった。
暗めで濃い色のボトムスが、「何となく綺麗でオシャレ」だと思っていたのだ。

逆に「何で青いズボンを穿くんだろう?」と、他人を見て疑問に思っていた。



上半身に着る服は複数揃えて、その日の気分や好み、TPOなどに合わせて変化をつけるが、ボトムス(ズボン)は頻繁に洗濯する物ではないし、上半身の服(アウター、トップス)に比べて、数多くは持たない人が多いと思う。
(余程オシャレな人は、奇抜なパンツとかたくさん持ってるかもしれないが)

だったら、ボトムスはどんな性質の服とも合わせられ、なおかつオシャレに見えるタイプの方がいい。


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↑青って、たくさんある色の一部でしかないから、合わない色もあるし、コーデも限定される。


それにデニムは元々作業着で、インディゴはガラガラヘビが嫌がる成分や色だったという説がある。
(効果には疑問があるらしいが)

つまりデニムが青いのは機能的な理由で、ビジュアル的な利便性からではないと思う。


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↑でもモノトーンなら、合わせられる幅が広がります。
しかもカラーの物より、ドレス感があるので綺麗に見えます。



最速でおしゃれに見せる方法

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  • 作者:MB
  • 発売日: 2015/09/17
  • メディア: 単行本

↑ファッションのハウツー本を出版しているMB氏も、自身のブログの中で、黒いスキニーデニムこそ一番最初に買うべきアイテムだと言っている。

下半身はコーデを整える土台となる部分で、黒いスキニーデニムならドレス要素が高く、どんなテイストにもシルエットにも合わせられる。
というのが理論的で分かりやすく書かれている。


黒いズボンが「何となくオシャレ」と感じてたが、MB氏のブログを読んで、自分の感覚は正しかったと自信が持てたし、凄く参考になった。

(個人的な好みで言えば、スキニーのように細すぎるのは嫌なので、細めのテーパードくらいが心地好いけど)




ここまでは、実用的で即物的な話で、ここからは僕が思っていることです。





yuusukeaging.hatenablog.com
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↑僕は過去の記事で、カテゴライズの問題について書いてきた。


僕は人を型で見たり、自分が型で見られるのが好きじゃない。

「こういうものに興味がある人=こういう人」と傾向やパターンで判断することは、活用しなければ人類の長い歴史や自分自身の経験もムダになるし、それで浅い部分や大雑把なところまでは分かるかもしれないが、それだけで本質は見えない。

型で見ることが正しく判断する材料になったり、ポジティブな評価に繋がるものならば良いが、ネガティブな方向で使われれば、差別や偏見につながる。

という内容だ。




過去の記事では、カテゴリーの「外部」からの差別について書いたが、今回の記事で書きたいのは、同じジャンルや畑など「内部」からの差別や決めつけだ。


「同じ本や映画に興味ある」
「同じジャンルに興味ある」
「生活習慣が似ている」
「外見や雰囲気が似ている」
「能力が近い」

こういう共通点は、人と人が話したり親しくなるきっかけになる。
こういうものに興味があるから、「こういう考えの人」とか、「こういうものに理解がある」と判断する材料になる。

でも人ってそんな単純ではないです。


同じものに興味があっても、それはその人の一部でしかないし、自分の中での重要度や優先順位も人によるし、そこにたどり着くまでの背景も着眼点も違う。

何か話がひとつ合ったり共通点があるからといって、それで考えや性格が全て合うと思い、急に距離感を縮めて馴れ馴れしくしたり、土足で踏み込んできたり、そういうもので嫌な経験をいくつかしてきた。


「マンガやゲームが好き」という共通点でも、「他にやることがないから手近な娯楽で済ませる」という逃避的な人もいれは、「自分の知らない世界や知識を知りたい」という積極的な人もいる。
表面的には同じだが、本質的には全く違う。

前者は自分の好きなものに誇りを持てずに後ろめたさがあり、自分と同じものを好きな人を「自分と同じダメな奴」と思っているから、敬意や信頼がない人間関係しか作れない。


もっと酷いのは、相手を「自分と同じ分野の格下」と決め付けて、上から目線で傲慢な態度をとったり、「このジャンルが好きならこれを好きにならなければいけない」と価値観を押し付けられることです。

同じものに興味があっても「専門的に好きな人」と「気晴らしの娯楽で好きな人」もいる。
趣味や娯楽は、自分を満たして楽しむためのもので、他人と競うものではないと、僕は思っています。

「マニア」や「オタク」は良いものだが、「キモオタ」はいけない。


逆に、表面的な共通点がなくても、「なんとなく」気が合う人や性格が合う人もいる。

実はこっちの方が重要だったりする。



また、カテゴリーの話ですが、「男らしさ」の押し付けも、自分は経験してきました。


乱暴で図々しいことだけが「男らしさ」と思い、それを他人に強要したり、逆に不必要に劣等感を持って自分を変えようとしたりするのも馬鹿げている。

自分のアイデンティティについて考える時に、「自分が男である」ことは重要だと考えているが、何をもって「男らしさ」や「強さ」とするかは一概には言えない。


「こういう人になった方が上手くいく」と、他人に口出しする立場でもないのに、余計なお節介をする人は大嫌いだし、その通りにして自分が上手くいく保障もない。
(そういう人でロクな人を見たことがない)



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↑こちらの記事では「個性」について、自分なりの考えを書いてます。

表面的な題材はファッションだけど、僕が生きる上での根本的な思想に言及しているので、読んで頂けると嬉しいです。




話をファッションに戻すが、


僕はこのブログを初めて1年ちょいで、様々な方とブログ上で仲良くさせて頂いている。

皆筋金入りのマニアや博識な方達だが、幸い価値観の押し付けや人格否定みたいなことをされたことはない。


ブログを書いている理由は色々あるが、その1つは「自分の周りにファッションについて趣味的に話せる人がいないから」です。

現実の世界で、ファッションが好きなコミュニティに自分がいないので、そういう人達の間で、今回の記事で書いたような「内側」での差別や押し付けみたいなものはあるのだろうか?

と、疑問があったから記事を書きましたm(__)m